入院1週間前からむせ込みが持続していたため、当院耳鼻科を受診した。食道造影を施行したところ頸部食道に義歯を認めたため、精査加療目的に当科に紹介となった。義歯の誤飲に関しては家族も認識しておらずいつから誤飲していたかは不詳であった。
<既往歴>
小児脳性麻痺による軽度の精神発達遅滞,軽度の認知症を認めた.
<一般身体所見>
バイタルサインに明らかな異常なし。頸部に握雪感なし。胸部診察上明らかな心雑音、肺野に副雑音を聴取せず。腹部は平坦かつ軟、圧痛、筋性防御は認めなかった。
両下肢の麻痺、拘縮を認めていた。
【主な検査所見など】
<血液検査>
白血球数14990/μl、CRP値12.46㎎/dlと上昇を認めていたが、その他の血液生化学的検査は明らかな異常を認めなかった。
<食道造影検査>
頸部食道に約6㎝の有鈎義歯と思われる異物を認め(図1)、食道壁外への造影剤の流出を認めた(図1)。
上記の検査結果より有鈎義歯の誤飲による食道穿孔と診断された。
<上部消化管内視鏡的治療>
門歯列から18㎝の頸部食道に義歯を認めた。内視鏡的に摘出を試みたが不可能であった。
<緊急手術>
内視鏡を用いた摘出が困難であったため緊急手術の方針となった。左頸部を切開したところ、食道壁の後壁左側が約2.5㎝欠損しており義歯が露出していた。義歯を取り除いたのちに食道壁は縫合閉鎖、ドレーンを挿入した。長期の絶食が予想されたため栄養路確保のために腸瘻を造設した。
術後、白血球、CRPは徐々に改善傾向にあったが,10日目に白血球数が20000/μlを超える値まで上昇。胸腹部造影CTにて右下肺野に誤嚥性肺炎がみられ、抗菌剤にて保存的に加療した。病変部は上部消化管内視鏡検査にて創傷治癒が順調に進んでおり、狭窄や縫合不全なども認めらなかった。
食事開始を検討したが、嚥下造影にて、口腔相で咀嚼、送り込みは不良で、咽頭相でも喉頭挙上弱く、残留を喉頭蓋谷、梨状窩に認めた。食事開始は困難と判断し、腸瘻からの経管栄養を継続したまま嚥下のリハビリテーションを行った。食事開始には至らず、療養型病院へ転院となった。
異物誤飲は脳血管障害、認知症など高齢者に多い疾患や統合失調症、精神発達遅滞などがある場合に起こりやすい。患者自身が誤飲に気づかない場合や本人が訴えられない場合もある。また、患者が高齢である場合、義歯誤飲は義歯の長期使用、形態変化による緩み、歯の欠損から外れやすくなって誤飲が起こることも考えられる。本症例においても本人の訴えはなく,少なくとも一週間は周囲も気付いていなかった。
超高齢社会と言われる昨今,本症例のような患者は今後も増加する可能性は高い。近年、加齢に伴う筋肉量の減少、その他の何らかの原因に伴う筋肉量、筋力の低下により歩行機能や嚥下機能が低下するサルコペニアが注目されている。特に嚥下においては、高齢者の死因として増加している誤嚥性肺炎の原因の一端とも考えられる。本症例では長期の絶食に伴うサルコペニアによって嚥下障害が進行したと考えられる。本症例では,リハビリテーションを早期から行うことで嚥下障害の進行を食い止められた可能性があり,特に高齢者においては可能な限り早めの介入が必要であることを示唆する症例であった。